配膳ロボット

こんばんは、スタッフのUです。

先日とあるレストランに入ったときの話。

店員が座席まで案内してくれたと思いきや、テーブルの上にあるQRコードを示し、

「ご注文はこちらのQRコードを読み取り、そちらのページからお願いいたします」

と言い残して去っていった。

スマホのカメラでQRコードを読み取ると注文用のメニューが出てきたので、

そのページから商品を注文。

しばらくすると、配膳ロボットが食事を持ってきて、

「一番上の棚から…商品を…お取りください」

と無機質に明るい声でいう。

店員はすぐそこにいる。なんなら他の店員たちと談笑さえしている。

ならば店員が注文をとって配膳もしてくれたらいいのに、と寂しく思う。

飲食店もずいぶんと殺風景になってしまったものだ。

後日、人と会った際にそんなことをこぼした帰り、また別の飲食店に立ち寄った。

そこは店員が注文をとり配膳もしてくれたのだけれど、

その店員が配膳ロボット以上に無愛想。

というか不機嫌。

あからさまにムッとした顔をして

「ご注文の商品はお揃いでしょうか?」

と吐き捨てるようにのたまう。

愛想をふりまけなどと言う気はさらさらないけれど、

せめて不機嫌そうな顔はやめてくれまいか、と思う。

これなら配膳ロボットの方がまだいいようにさえ感じられる。

機械化自体が悪いというつもりはまったくありませんし、

今後の社会では、対人職の一部を機械に頼らざるをえない面もあるのだろうと思いますが、

やはりそのやりとりの中に人の思いやりを感じられることって大事ですよね。

私たちも、人の顔が見えるような仕事を今後も心がけていきたいと思います。

コートジボワール

こんばんは、スタッフのUです。

私はいま「Duolingo」というアプリを使ってフランス語の勉強をしているのですが、先日例文の中に次のような固有名詞が出てきました。

Côte d’Ivoire

音を無理矢理カタカナ書きしてみると「コトジヴワー」という感じでしょうか。

これが西アフリカのコートジボワール共和国を指していることはわかったのですが、綴りを見てハッとしました。

「そうか!『コートジボワール』って『象牙海岸』のフランス語表記そのままなのか!」と。

côte」は「海岸(英語のcoast)」、「ivoire」は「象牙(英語のivory)」を表すフランス語の単語で、間の「d’」は英語の「of」などの意味をもつ「de」の次に、母音で始まる単語が来ることで「母音字省略(エリジオンといいます)」が起きたものです。

コートジボワール共和国はすでに独立した国ですが、植民地だった際の名残がそのまま国名になっているという事実になんとも複雑な気分になります(ヨーロッパ諸国はこの海岸で奴隷と象牙の売買をするために来航していました)。

中には「え?コートジボワールが象牙海岸なんて常識でしょ?そんなことも知らなかったの?」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、はい、恥ずかしながら知りませんでした。人間死ぬまで勉強ですね。世の中には学ぶべきことが無限にあり、「私は何も知らない!」と落ち込むこともできますが、それは逆に一つの希望になりうることのような気もします、「まだ自分には無限の伸び代がある!」と。

自分の知識の盲点を少しずつ潰していくことで、知の解像度を上げていく。その姿勢を私たちも大事にしていきたいと思います。

スペシャリスト?ジェネラリスト?

こんばんは、スタッフのUです。

先日4月23日、脚本執筆やラジオのパーソナリティーなど多彩な活動を展開されていた大宮エリーさんが49歳で亡くなりました。人が亡くなるニュースはいつでも胸が痛みますが、若い方の訃報はさらに辛いものがあります。心よりご冥福をお祈りいたします。

以前テレビで何度か見かけたことはあったものの、あまり経歴を存じ上げなかったので、Wikipediaで調べてみると、驚きの情報が。

元々植物が好きであり、将来は「砂漠でも育つ植物」の研究をし地球を砂漠化から救いたかったという。 しかし、理系科目が苦手だったため、学校の先生から「お前は理系の大学に受からない」と言われた。その言葉に疑問を感じ、「数学が0点でも受かるところはないですか?」と質問したところ、「一つだけある。東大だ」の言葉を受け、東京大学の受験を決意。桐蔭学園高等学校を卒業後に1年間の浪人を経て、東京大学理科二類に合格。入学後、教授から聞かされたところによると東大入試の数学は実際に0点だったという。

「東京大学理科II類に数学0点で合格」??

東京大学の理系(理科I類,II類,III類)の二次試験はいずれも数学120点,理科(2科目選択)120点,英語120点,国語80点の計440点満点で(センター試験などの一次試験の点数は110点満点に圧縮し、二次試験とあわせた550点満点で合否が決まります)、理科II類の場合は二次試験でおよそ5割の220点が合格最低ラインの目処になります。私自身現役時代に理科II類を受験し、数学70点,理科60点,英語60点,国語30点ぐらいの点数を目指していた記憶があります(結果は不合格でした)。それが大宮さんの場合、数学が0点ということは、他の3科目(計320点満点)中、平均して7割近くとっていた計算になります。文系科目のスペシャリストだったのか?しかし彼女の大学卒業後の活躍を見ると、創造的な能力も持ち合わせたマルチなジェネラリストであったようにも見えます。

私たちも、自分たちが取り組む医療分野では徹底してスペシャリストであると同時に、その他の視点も幅広く持てるジェネラリストたりたいと思っています。

JR福知山線脱線事故から20年

こんばんは、スタッフのUです。

この4月25日でJR福知山線脱線事故から20年です。

福知山線脱線事故でお亡くなりになられた方のご冥福をお祈り申し上げますとともに、ご遺族の方々に心よりお悔やみを申し上げます。また、お怪我をされた方々、心に傷を負われた方々、またそのご家族の皆様にも心よりお見舞い申し上げます。

私は当時も今も兵庫県の伊丹市に住んでいるのですが、あの日はJR新大阪駅の近くで仕事があり、家からの最寄りのJRの駅である福知山線の猪名寺(いなでら)駅という駅に向かいました。駅に着いてみるとなぜか停電。改札前で数名の人が駅員と話しており、駅員曰く「この先で脱線事故があったのでしばらく電車は動かない。他の電車に振り替えてほしい」とのこと。脱線といってもその時は脱輪程度のイメージしか描いていなかったのですが(当時はスマートフォンがなかったので、今のようにリアルタイムで写真付きのニュースを見ることなどできませんでした)、急ぎだったのでとりあえず阪急電車の駅に向かい、阪急電車と地下鉄を乗り継いで新大阪に向かいました。

仕事がひと段落して昼休みに携帯を見てみると遠方に住む友人数名から「U、大丈夫か?」、「まさかあの電車乗ってないよね?」というメッセージが届いていました。きっと今朝聞いた脱線事故がニュースになっているんだなと思い、そのうちの一人に「こっちは状況がまだ掴めてないんだけれど、そんな大事故になってるの?」と尋ねてみると、「電車がマンションの駐車場に突っ込んでいる」との返事。そのときもまだ、脱輪した電車がそのまま走行し続けて近所のマンションの駐車場まで突っ込んでしまったのかな」ぐらいに思っていましたが、仕事を終えて再び新大阪駅に向かうと駅の売店には既に夕刊紙が並んでおり、その一面に載った事故の写真を見たときにはさすがに我が目を疑いました。電車がマンションに張り付くような形で完全にぺしゃんこに。あの電車は快速電車で、私が向かった猪名寺駅には止まらないのであの電車に乗る可能性は無かったわけですが、ゾッとしたことを覚えています。

本当に世の中、何が起きるかわかりません。やりたいことは生きている間にしなければなりませんね。私たちも日々目の前の仕事にしっかり専念していきたいと思います。

指数の話 その1 倍々ゲーム

こんばんは、スタッフのUです。

前回の「マグニチュード」の投稿の中で、「自然現象の中には指数関数的な変化を見せるものがたくさんありますし、人間の感覚器での刺激の感じ方は対数関数的です」と書きましたが、今回はその話の続きです。

今日はまず指数関数の基本として指数の話から。

指数とは例えば「23(2の3乗)」の「3」のように、ある数を何度かけ合わせるかを示すものです。

具体的には、

21=2

22=4

23=8

24=16

というように指数の数が1増えるごとに、得られる値は2倍になっていきます。

ここで、この指数関数的な増え方の威力を示す話をご紹介します。

一つは、豊臣秀吉と、秀吉の御伽衆(おとぎしゅう)として仕えたといわれる曽呂利新左衛門(そろりしんざえもん)にまつわる逸話。

ある日、秀吉から褒美をもらえることになった新左衛門。秀吉から「なんでも欲しいものを言え」と促された新左衛門は「では1日目は米を1粒、2日目は2粒、3日目は4粒、4日目は8粒…というように1ヶ月間まいにち前の日の倍の米粒を与えてください」と答えました。

「なんと謙虚な。そんなことでいいのか。」

と秀吉は二つ返事で許可しますが、これが実はとんでもないことになるのです。

上の要領でいくと10日目は210-1=29=512(粒)、

14日目には214-1=213=8192(粒)。升1杯に入れたお米(1合)が生米でだいたい6700粒ぐらいですので、それを少し超えるぐらいです。

そして、20日目には220-1=219=524288(粒)(80合弱)。

10日目ぐらいならば大したことないように感じましたが、そろそろ嫌な予感がしてきますね。

23日目には223-1=222=4194304(粒)。これは米俵1.5俵(重さで約90kg分)ほどの量に相当します。

翌24日目にはその2倍の約3俵、25日目にはさらに倍の約6俵、26日目にはさらにその倍の12俵と倍々になっていき、30日目にはついに約200俵(5億3687万912粒、重さで約12トン!)近くのお米の量になるのです。これは石(こく)の単位で測れば(1石=1000合)、80石となります。秀吉が当初「謙虚」と思っていたのが、とんだ見込み違いだったことがわかります(逸話では、この要求がとんでもないものであることに途中で気付いた秀吉が、他の褒美に変えてくれと申し出た、ということになっていますが、これはあくまで創作の話のようです)。

「はじめは大した量じゃないと思ったが、なんと米200俵もの量の褒美になるのか!」

と思われた方、それはあくまで「30日目の量」であることにご注意ください。1日目から30日目までのすべての量を合計すると、400俵近い量になります。

ちなみにもしこの要領で50日目まで褒美をもらうことにすると、50日目には562兆9499億5342万1312粒で、重さにして1260万トン。令和6年の日本の主食用の米の生産量が700万トン弱なのでそれを遥かに超える量になります。

「厚さ0.1mmの紙を42回折ると月に届く」という話もありますが、これはまた次回に。

ひょっとするとここで新型コロナウイルスの際の感染爆発を思い浮かべた方々もいらっしゃるかもしれませんが、実際ウイルスの感染者数の増加も指数関数と無縁ではありません。医学が扱う諸現象にも数理的に記述できる要素が数多くあります。知識をアップデートし続けていくことももちろん大切ですが、数理的な知識もブラッシュアップし続けていきたいと常々思っています。