海外の気道疾患治療(7)成人の声門部・声門下狭窄の手術:Couraudの手術

前回、声門下のみならず声門部病変を含む場合の対処の仕方についての説明をいたしましたが、今回はこの病態に対する手術について説明いたします。

声門下狭窄は基本的には輪状軟骨弓部の部分が全周軟骨で囲まれているために粘膜の圧迫が起こりやすいことから起こる病態ですが、声門後部狭窄は披裂間靭帯の瘢痕狭窄によるものです。

しかし、声門後部狭窄の状態は、瘢痕狭窄だけが問題とは限りません。披裂輪状関節がAnkylosis(固着)を起こしているか、輪状軟骨が輪状軟骨炎を起こし破壊されているかによって病態が異なり、術式が少しずつ異なっていきます。

これらは、術前の内視鏡検査にてある程度判りますが、輪状軟骨炎の痕跡は手術中にしかわからないことも多く、術中に術式を変更する必要が度々あります。

私がスペインにいた時、色々な程度の狭窄の手術を経験しましたがPearsonの手術は基本的な手術として扱われており、それより複雑な喉頭截開(甲状軟骨を縦に切開して開く)を併用する術式を総称してCouraudの手術と呼んでいました。

スペインの時の上司であったProf. TarrazonaはCouraudから直接学んだ数少ない後継者の一人で、彼からCouraudの原法を一通り習得することができたのは非常に幸運でした。残念ながらこの術式を一定数の経験を持って行っている人は現在では非常に少ないと言わざるを得ないようです。

左図はCouraudの手術の中で最もシンプルなもので披裂間靭帯の瘢痕狭窄のみの場合に行われていた術式です。

これは、関節固着や輪状軟骨炎による軟骨壊死などがなければ、問題となる瘢痕および粘膜を切除するだけで良いため、操作としては他の術式よりシンプルになります。

ただしこの場合は術後しばらく気管切開を温存して、声門後部の再狭窄を防ぐためにしばらくステンティングが必要となります。

これ以外にも披裂輪状関節がAnkylosis(固着)に必要な術式、輪状軟骨炎による軟骨破壊のある場合の術式はさらに複雑で今回は割愛しますが、見よう見まねではなかなか難しい術式だと言わざるを得ないようです。

海外の気道疾患治療(6)成人の声門部・声門下狭窄の手術

成人の声門部・声門下狭窄の典型的な発症の仕方は、肺炎や心筋梗塞などで長期に挿管されていたようなケースです。

元々の病気が改善し人工呼吸器が外れたのち抜管したところ、すぐにあるいは徐々に呼吸がしにくくなり、検査してみると気道の閉塞が見つかり気管切開になるというパターンです。

小児においても理屈的には同じことが起こるのですが、経験上、成人の場合は狭窄のみならず輪状軟骨の壊死が起こっていたり局所の反応が激しいことが時々あります。

これは、糖尿病などの原病がベースにあるために圧迫壊死が起こりやすかったり、軟骨自体が加齢変化で骨化していたりということが原因になっていると考えられ、状態によってケースバイケースで術式を変更する必要があります。

声門下狭窄単独の場合は、Pearsonの手術が用いられることは以前述べましたが、声門部・声門下狭窄の場合は、いわば二つの病気が並列に存在している状態であり、Pearsonの手術だけでは、治療はできません。この状態が難しいところは、この並列の病態を同時に治療する術式が要求されることです。

また、声門部の病態が靭帯の壊死からくる瘢痕によるものだけなのか、披裂輪状関節の固着があるか、輪状軟骨への炎症の波及による壊死があるのかによって術式が変わっていくため、最終的には手術中に術式を決定する必要が出てきます。

このようなケースは、Pearsonの手術以降の課題となり、同じくPearsonとフランス・ボルドーのLouis Couraudという胸部外科医によっていくつかの手術が開発されていきます。

海外の気道疾患治療(5)成人の声門部・声門下狭窄について

前回は狭窄が声門下に限局して起こっている場合について説明いたしました。このような状態は色々な原因で起こりますが、最近救急の場などを中心に普及しているセルジンガー法による気管切開(針を刺したところからガイドワイヤーを通してだんだん広げていく方法)の不適切な処置によっても時にみられます(下図)。

これは外科的に行う場合は直視で正確に気管切開の高さを確認できるのに対して、セルジンガー法ではブラインドで行うことにより、高すぎる位置にて気管切開が行われることによって輪状軟骨弓が損傷されることが原因です。

私はスペインで働いていた時にかなりの数のセルジンガー法を行いましたが、常に集中治療医の立会いのもと、一人が気管支鏡で内部を確認しながら、術者が他の医師とともにモニターで位置確認をしながら行う方法を用いていたので、幸い一例も抜去後の狭窄を見ることはなかったですが、そうでなければ一定の割合で狭窄を起こしてしまうようです。日本国内だけでも複数例このようなケースの手術を行ったことがあります。特に一分一秒を争わないケースで集中治療室でこれを行い狭窄を起こしているケースは時々見かけますが、これは改善すべき点だと考えています。

これに対して、長期の経口経鼻挿管に引き起こされる場合は、単純な声門下狭窄に止まらない場合があります。

これは左図のように挿管チューブがその屈曲の形から声門部の背側部にある披裂軟骨間靭帯を直接圧迫することになり、この部分が壊死を起こすために瘢痕拘縮を起こし声帯が閉まったままの状態・声門後部狭窄を起こすことによります。

下の図は声帯を見たものです。最初の図は正常な声帯で、呼吸をする時は開き、声を出したりする時は閉鎖します。

真ん中の図は挿管チューブが入っています。背中の部分が接していますが、直接の圧迫が披裂軟骨間靭帯を圧迫しており、長期間の留置でこの部分が壊死を起こします。

その後、最後の図のように背中側が瘢痕にて完全にくっついてしまい開かなくなります。これはいわば”開きたくても開けない”という状態で、いわゆる”両側声帯麻痺”とは全く異なる病態です。

今まで関わった国内の患者さんを見ていると、このような状態に両側声帯麻痺と診断をつけられている方が非常に多いですが、これは明らかな診断の間違いです。この二つは全く異なる原因、異なる状態であるために治療も全く違います。そういう意味でも正確な診断は正しい治療のためにも不可欠です。