猛暑日

こんばんは、スタッフのUです。

暑いですね…。皆さん、体調など崩されていないでしょうか。

こんな暑い中、今日15日は京都・祇園祭の宵々山。

学生時代に京都に住んでいましたが、当時

「盆地のこんな蒸し暑い中、人混みの中になぞ行ってられん!」

と思い、祇園祭を見たことがほとんどありません。

30年前でも十分暑かった京都の気温が、今はどうなっているんだろうと思い、調べてみると

1日の最高気温が35.0度以上になる「猛暑日」の日数は、

1985〜1994年の10年では1年につき平均13.2日、

1995〜2004年の10年では1年につき平均で18.0日、

2005〜2014年の10年では1年につき平均で19.8日、

2015〜2024年の10年では1年につき平均で28.8日、

特に2020年以降は、2020年が26日、2021年が18日、2022年が25日、2023年が43日、2024年が54日と、ものすごい勢いで猛暑日の日数が増えています。

もちろん猛暑日の日数だけで気候の変化全般を捉えることはできませんし、過去200年近くの記録の中でも特異的に猛暑日が増えた年はあるのですが、体感としてここ2,3年の暑さは尋常で無いものを感じます。

皆さん、くれぐれもご自愛ください。あ、エアコンを使う際にはちゃんとフィルターやフィンの掃除をしてから使うようにしましょう。エアコンのカビやホコリをそのままにして使うと、気管支の病気だけでなくアレルギーや皮膚炎になる可能性もありますので。

(画像はイメージです)

音韻修復機能

こんばんは、スタッフのUです。

私は趣味で5年間ほどフランス語の勉強をしています(と言っても一日ほんの数分ずつですが)。

勉強のし始めの頃は、フランス語の会話を耳にしても

何一つとして聞き取ることができなかったのが、

勉強を進めていくと、とびとびに単語レベルでだけ聞こえるようになり、

さらに勉強を進めていくとある意味の塊が聞こえてくるようになってきます。

そうすると、その発話全体を聞き取ることができなくても、

聞き取れた意味の塊から、聞き取れなかった(ぼんやりとしか聞こえなかった)部分の意味を類推することができるようになってきます。

これを「音韻修復機能」というのだそうですが、

これは新しく学んだ言語に限らず、

日本語での日常会話でも同様のことをしているように思います。

先日、私の相方といっしょにリビングにいたときのこと。

相方は、ラジオで高校野球の応援団の話を聞いていたらしく(私はぼんやりとしか聞いていませんでした)、

私に「あんな真夏の暑い中、金管楽器とか持ってて熱くならへんのかな?」と聞いてきたのですが、

「あんな真夏の暑い中、tinkan…giとか持ってて…」

と聞こえ、

私の頭は「真夏の暑い中」で「持ってて熱くなる」「tinkan…gi」という音に近い何かを瞬間的に連想し始め(おそらく)、

それは「チンパンジー」だ、という答えをはじき出しました。

しかし、相方がなぜ突然「真夏にチンパンジーを持つ(抱く?)」話をするのかがさっぱりわからず、

思わず声に出して「チンパンジー?」と聞き返したところ、

耳の遠いお年寄りに話しかける介護者のように

「き・ん・か・ん・がっ・き!」

と返されてしまいました。

人間関係のすれ違いやトラブルって、案外こういうところから発生しているのかも知れませんね…。

私たちも、医療者の方々や患者さんの声を最大限聴き漏らさないよう

改めて強く意識してまいります。

(画像はChatGPTに生成してもらったイメージです。これは間違いなく熱いですよね…。)

梅雨

こんばんは、スタッフのUです。

私が住む関西は6月9日頃に梅雨入りしました。

今日はこの「梅雨」という言葉について。

元々は、中国でこの時期のことを、

気温も湿度も高くなりカビが生えやすくなる時期ということで、

カビを示す「霉」という字を使い「霉雨(メイユー)」と呼んでいたのが、

梅の実の熟す時期でもあるということで同じ発音の「梅雨(メイユー)」に変じ、

それが日本に入ってきたという説が有力なようです。

しかし、それをなぜ「つゆ」と呼ぶようになったか。これにも諸説あるようです。

雨露の「露」が転じて「つゆ」になったという説、

収穫されて梅の実が無くなる=潰(つい)えることから、「梅雨」を「潰ゆ(つゆ)」と呼び始めたという説、

梅の実が熟して潰れる=潰えるから「潰ゆ(つゆ)」になったという説、

あるいはカビが生えて食べ物が傷むことを意味する「費ゆ(つひゆ)」が転じて「つゆ」になったという説、

などなど。

ジメジメした日が続くと心身ともに疲れやすくなりますが、「梅はその日の難逃れ」と言いますので、私どもも梅干しを食べて日々の健康を維持できるよう心がけていきたいと思います。

配膳ロボット

こんばんは、スタッフのUです。

先日とあるレストランに入ったときの話。

店員が座席まで案内してくれたと思いきや、テーブルの上にあるQRコードを示し、

「ご注文はこちらのQRコードを読み取り、そちらのページからお願いいたします」

と言い残して去っていった。

スマホのカメラでQRコードを読み取ると注文用のメニューが出てきたので、

そのページから商品を注文。

しばらくすると、配膳ロボットが食事を持ってきて、

「一番上の棚から…商品を…お取りください」

と無機質に明るい声でいう。

店員はすぐそこにいる。なんなら他の店員たちと談笑さえしている。

ならば店員が注文をとって配膳もしてくれたらいいのに、と寂しく思う。

飲食店もずいぶんと殺風景になってしまったものだ。

後日、人と会った際にそんなことをこぼした帰り、また別の飲食店に立ち寄った。

そこは店員が注文をとり配膳もしてくれたのだけれど、

その店員が配膳ロボット以上に無愛想。

というか不機嫌。

あからさまにムッとした顔をして

「ご注文の商品はお揃いでしょうか?」

と吐き捨てるようにのたまう。

愛想をふりまけなどと言う気はさらさらないけれど、

せめて不機嫌そうな顔はやめてくれまいか、と思う。

これなら配膳ロボットの方がまだいいようにさえ感じられる。

機械化自体が悪いというつもりはまったくありませんし、

今後の社会では、対人職の一部を機械に頼らざるをえない面もあるのだろうと思いますが、

やはりそのやりとりの中に人の思いやりを感じられることって大事ですよね。

私たちも、人の顔が見えるような仕事を今後も心がけていきたいと思います。

コートジボワール

こんばんは、スタッフのUです。

私はいま「Duolingo」というアプリを使ってフランス語の勉強をしているのですが、先日例文の中に次のような固有名詞が出てきました。

Côte d’Ivoire

音を無理矢理カタカナ書きしてみると「コトジヴワー」という感じでしょうか。

これが西アフリカのコートジボワール共和国を指していることはわかったのですが、綴りを見てハッとしました。

「そうか!『コートジボワール』って『象牙海岸』のフランス語表記そのままなのか!」と。

côte」は「海岸(英語のcoast)」、「ivoire」は「象牙(英語のivory)」を表すフランス語の単語で、間の「d’」は英語の「of」などの意味をもつ「de」の次に、母音で始まる単語が来ることで「母音字省略(エリジオンといいます)」が起きたものです。

コートジボワール共和国はすでに独立した国ですが、植民地だった際の名残がそのまま国名になっているという事実になんとも複雑な気分になります(ヨーロッパ諸国はこの海岸で奴隷と象牙の売買をするために来航していました)。

中には「え?コートジボワールが象牙海岸なんて常識でしょ?そんなことも知らなかったの?」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、はい、恥ずかしながら知りませんでした。人間死ぬまで勉強ですね。世の中には学ぶべきことが無限にあり、「私は何も知らない!」と落ち込むこともできますが、それは逆に一つの希望になりうることのような気もします、「まだ自分には無限の伸び代がある!」と。

自分の知識の盲点を少しずつ潰していくことで、知の解像度を上げていく。その姿勢を私たちも大事にしていきたいと思います。