海外の気道疾患治療(10)小児の気道狭窄の治療:先天性疾患その2

(3)喉頭の先天異常

喉頭は解剖学的に分けて、声門上、声帯、声門下に分類されます。先天的な異常はこのいずれにおいても起こりえます。

私がスイスのローザンヌにいたときは、耳鼻咽喉科の中で気道疾患を担当するチームは独立して専属で治療に当たっていたため、院内中の気道関係の相談は成人小児関わらず直通の電話が私にかかってくるシステムとなっていました。例えば子供のいびきがおかしいと小児科病棟に呼ばれたり、新生児のしゃっくりが変だとNICUに呼ばれたり、日本では”様子を見ましょう”で終わってしまう病態の多くを実際に全身麻酔下で検査していましたが、このような状態に意外と多く疾患が隠れていることに驚きました。

経験上、思ったよりも数が多くかつ治療の効果が劇的だと感じる疾患に喉頭軟化症があります。これは声門上に位置する構造物の生理的動きの異常により起こる病態を指します。日本で患者さんとお話しすると”喉頭軟化症と言われている”ということに非常に多く聞きますが、喉頭軟化症は小児では全身麻酔下で自発呼吸を維持した状態での検査でないと確定診断はつきません。

喉頭軟化症は三つのタイプに分類されていますが、大きく分けて、余剰粘膜の吸気時の引き込みによる気道閉鎖(1型、2型)と喉頭蓋の背側虚脱による気道閉鎖(3型)に分かれます。

上のビデオは1型の喉頭軟化症の検査ビデオです。奥に見えるのが声帯で、その手前下に見えている披裂粘膜が呼吸のたびに起き上がるのが見えます。これがもう少し酷くなると完全に蓋をするような形となり、呼吸ごとに喘鳴が聞こえたりします。

もう少しカメラを手前に引きますと、喉頭蓋が見えてきます。これは3型の喉頭軟化症で、本来は起き上がっているはずの喉頭蓋が背中側の壁に落ちてしまっていて呼吸ごとに喉頭の入り口全体の蓋をしてしまっているのが見えます。

スイスではこれは全身麻酔下に間歇性無呼吸(successive apnea)という換気法を用いて内視鏡で治療していました。これだと直後から呼吸が通常呼吸に戻る上、翌日には退院することができ非常に効果の大きい方法ですが、成長にて改善していくため、国内では非侵襲的人工呼吸や場合によっては気管切開を行われているケースもあるようです。

次回は声帯の先天異常などを取り扱います。

海外の気道疾患治療(9)小児の気道狭窄の治療:先天性疾患その1

小児の気道狭窄には大きく分けて二つのグループがあります。一つは先天性異常としての病変、つまり生まれつきの異常としての気道狭窄と、未熟児など長期経口挿管の影響によるなど後天的に発生した気道狭窄です。

特に小児の気道狭窄を特徴づけているのは先天性異常です。先天性異常の治療上の違いとなる大きな特徴は、その名のごとく生まれつき構造的解剖的な異常があるため、後天性の狭窄のような粘膜や軟骨の破壊や瘢痕化が存在せず、例えば構造物そのものが欠損していたり小さかったりあるいはないはずのものが存在する、ということが大きな問題となります。

先天性疾患によるものとしては、ダウン症やCHARGE症候群といった系統的異常を伴うもの、心血管奇形や食道奇形など複数の合併奇形を伴うもの、後鼻孔閉鎖や声門下狭窄、先天性気管狭窄(単独型)など単発の奇形などがありますが、それぞれの部位による先天性の異常を解説いたします。

(1)口腔・鼻腔の先天性異常

鼻腔の先天性異常として後鼻孔閉鎖という病態があります。これは鼻の後ろ側が生まれつき粘膜あるいは骨によって閉鎖しているため鼻と喉が繋がっていない状態です。通常は片方だけなので気がつきにくいですが、一方の鼻汁だけが続けて出てくることで検査して見つかります。治療としてはまずは内視鏡的に粘膜あるいは骨を貫通させますが、再閉鎖することが非常に多く、内視鏡による鼻中隔骨性部切除に至ることが多かったという印象があります。

口腔の先天異常として時々見かけることがあるのは、Pierre-Robin症候群など小顎症からの舌根沈下による機能性気道閉塞があります。これは主体は舌根沈下であるため、可及的に非侵襲的人工呼吸や気管切開で対処されていることが多いようですが、多くの場合は成長とともに改善します。これに加え、下顎骨前方移動などの口腔外科的処置も存在しますが、日本国内での実施状況は残念ながら存じ上げません。

(2)咽頭部の狭窄

先天異常とは言えませんが、咽頭における気道狭窄のなかで非常に多いのは、アデノイド増殖・扁桃肥大によるものです。いびきや睡眠時無呼吸などがひどい場合は手術によるアデノイド切除や扁桃摘出がしばしば行われます。

睡眠中の無呼吸などで、上記のような解剖学的な閉塞が見られないような場合、機能的閉塞を考え、全身麻酔下に自発呼吸を維持しながら経鼻ファイバー内視鏡にて咽頭喉頭を観察します。舌根沈下などは代表的な機能的気道狭窄ですが、神経疾患を持つ患児などには機能的咽頭虚脱を認めることが経験上多いと考えています。これはある程度は成長によって改善することもありますが、原病次第のところもあり、継続的な経過観察が必要となります。

次回は、喉頭の疾患に関して説明いたします。

海外の気道疾患治療(8)小児の気道狭窄の治療

前回までは、主に成人の気道狭窄について解説をしてきました。今回からしばらく小児の気道狭窄・気道疾患について解説をしていきたいと思います。

元々私が気道の治療を行うようになったのは、肺がんなどの治療のため気管支や気管分岐部などの再建手術に興味を持ち積極的にその手術を行っていたことがスタートとなっています。気管支や気管を吻合する技術は慣れれば安全に行えるものですが、やはり適切な修練と知識経験は不可欠です。このようなこともあり、スペインで成人の喉頭狭窄の手術の修練を行うに際して、気管の吻合に関しては必要な技術は習得していましたが、喉頭の機能的解剖的複雑さは素人に対応できるものではない、と痛感しました。

スペインから帰国し成人の気道狭窄の手術を行うようになりましたが、上記のようなこともあり必ず耳鼻咽喉科医と共同して治療にあたりました。しかしやはり本格的な喉頭の知識経験はさらなる治療、特に小児の治療には絶対不可欠だと考えるようになりました。このような経緯もあり、スペイン時代の上司の紹介でスイスのローザンヌの耳鼻咽喉科においてクリニカルフェローとして修練することとなりました。

スイス・ローザンヌでの修練は呼吸器外科でなく耳鼻咽喉科であったため、”耳鼻咽喉科としての気道疾患”という似て非なる角度からの修練となりました。いわば喉頭という構造物に対して下から徐々に上がっていった感覚から今度は鼻や咽頭から下に降りていく感覚で、口から肺までの気道という機能面から見た治療対象という発想に至り、飛躍的に気道疾患の理解を深めることとなりました。またここでお世話になったフィリップ・モニエ教授はこの二つの視点をつなげた人物として小児気道の治療の歴史に名を残す業績を残したと考えています。

成人の気道・喉頭狭窄がアメリカ、カナダ、フランスの胸部外科医を中心に1970年代から確立されていったこととは並行して、小児の気道狭窄の治療は1980年代ごろからアメリカのシンシナティ小児病院のコットンという医師によって発展していきました。

小児の気道狭窄は成人に比べて発生機序も発生部位もかなり異なるものが存在します。これに対してコットンによって開始された手術も成人とは異なる発想で行われていきました。次回からはこの点について解説をしていく予定です。

海外の気道疾患治療(7)成人の声門部・声門下狭窄の手術:Couraudの手術

前回、声門下のみならず声門部病変を含む場合の対処の仕方についての説明をいたしましたが、今回はこの病態に対する手術について説明いたします。

声門下狭窄は基本的には輪状軟骨弓部の部分が全周軟骨で囲まれているために粘膜の圧迫が起こりやすいことから起こる病態ですが、声門後部狭窄は披裂間靭帯の瘢痕狭窄によるものです。

しかし、声門後部狭窄の状態は、瘢痕狭窄だけが問題とは限りません。披裂輪状関節がAnkylosis(固着)を起こしているか、輪状軟骨が輪状軟骨炎を起こし破壊されているかによって病態が異なり、術式が少しずつ異なっていきます。

これらは、術前の内視鏡検査にてある程度判りますが、輪状軟骨炎の痕跡は手術中にしかわからないことも多く、術中に術式を変更する必要が度々あります。

私がスペインにいた時、色々な程度の狭窄の手術を経験しましたがPearsonの手術は基本的な手術として扱われており、それより複雑な喉頭截開(甲状軟骨を縦に切開して開く)を併用する術式を総称してCouraudの手術と呼んでいました。

スペインの時の上司であったProf. TarrazonaはCouraudから直接学んだ数少ない後継者の一人で、彼からCouraudの原法を一通り習得することができたのは非常に幸運でした。残念ながらこの術式を一定数の経験を持って行っている人は現在では非常に少ないと言わざるを得ないようです。

左図はCouraudの手術の中で最もシンプルなもので披裂間靭帯の瘢痕狭窄のみの場合に行われていた術式です。

これは、関節固着や輪状軟骨炎による軟骨壊死などがなければ、問題となる瘢痕および粘膜を切除するだけで良いため、操作としては他の術式よりシンプルになります。

ただしこの場合は術後しばらく気管切開を温存して、声門後部の再狭窄を防ぐためにしばらくステンティングが必要となります。

これ以外にも披裂輪状関節がAnkylosis(固着)に必要な術式、輪状軟骨炎による軟骨破壊のある場合の術式はさらに複雑で今回は割愛しますが、見よう見まねではなかなか難しい術式だと言わざるを得ないようです。