海外の気道疾患治療(13)小児の気道狭窄の治療:先天性疾患その5

前回は声門下の疾患を見ましたが、今回は気管の先天性疾患について説明いたします。
輪状軟骨の下端に続いて気管が始まります。

気管の先天異常には幾つかの種類があり、時々目にするものに気管食道瘻があります。これは食道と気管が本来は別の器官として存在するはずが、一部繋がっていることによって食道内のものが気管に流れ込んだりすることによって呼吸症状を起こしたりします。この治療に関してはある程度確立されておりここでは詳述いたしません。

これ以外に先天性の気道疾患として気管に起こるものに先天性気管狭窄があります。

 

正常な気管は左図のように馬蹄形をした軟骨部と筋肉で出来た気管膜様部からなります。

膜様部は筋肉で出来ているため伸縮可能であり、咳嗽の時に気管内腔を狭くすることによって内圧を上昇されたり、気管内挿管などの時には内腔を広くして圧迫壊死などを防ぐなど非常に重要な役割を果たします。

 

先天性気管狭窄では左図のように正常な気管に存在する気管膜様部が欠損し、全周が気管軟骨で囲まれているため、内腔が正常よりも狭くなっておりまたまた気管の伸縮も起こらないため、無理に気管チューブなどを挿入しようとすると気管にダメージを与える可能性があります。

先天性気管狭窄においては多くの場合、心臓奇形や大血管の走行異常を認めるため、診断のためには内視鏡による気管内腔の観察に加え、造影CT検査など心血管異常の検索も不可欠となります。

治療に関しては、slide tracheoplastyという比較的特殊な手技を用いて行われ、多くの場合は心血管奇形と同時手術となり、人工心肺を用いる大きな手術となります。

海外の気道疾患治療(12)小児の気道狭窄の治療:先天性疾患その4

前回は声門部に起こり得る先天性疾患の説明をいたしましたが、今回はその下の声門下に起こる中で代表的な疾患である先天性声門下狭窄について説明いたします。

声門下、という言葉はその名の通り、声門(声帯)の下という意味であって、声を出すために必要な声帯を超えてすぐの部分を指します。これは位置の名前であるため正確にはどこまでを指すのか漠然としていますが、声門下というのは、左図でいう輪状軟骨に囲まれた部分と考えて差し支えありません。

気道というのは空気の通り道であり連続しているものですが、声帯、声門下、気管という三つの隣り合う器官は全く異なる構造を持ち、これが狭窄の治療を複雑なものにしています。

 

 

気管は、図に示すように断面を見ると気管軟骨輪と膜様部から成り立っています。この膜様部は筋肉で出来ており伸縮性があるため咳などをするときはこれが内腔を塞ぐような形で気道を狭くする一方、気管内挿管などにおいてはこの部分がある程度伸びるためにチューブのカフなどの圧力をやる過ごす働きを持っています。

 

 

 

これに対し声門下腔を形成する輪状軟骨は気道を包む形で全周が軟骨になっているため伸縮することによって圧力を軽減することが出来ません。このため太すぎるチューブや長期の経口挿管ののちに狭窄を起こす原因ともなります。このように声門下腔においては輪状軟骨が形作る内腔が不変であることが様々な問題を起こす原因となっています。

 

ちなみにいずれ後天的疾患の際に説明いたしますが、大体元気なんだけれども風邪をひくと喘鳴が出やすいとか、普段は元気だけど肺炎を起こしやすいという主訴で来院される小児をローザンヌ時代にはしばしば検査をする機会がありましたが、このような症状の患児に結構な割合で声門下嚢胞や声門下血管腫を診断したことがあり、やはりなんとなくスッキリしない臨床症状には理由があるものだと痛感したことがあります。

上記から予想がつくように、先天性声門下狭窄とはこの声門下腔を形成する輪状軟骨の先天的形状異常ということが出来ます。これは幾つかのパターンがありますが、必ずしも輪状軟骨が小さいとは限らず、むしろ多くはその形状の異常が問題となっています。これを理解できないと誤った術式を選択することとなり、治療が奏功しないだけでなくむしろ状況を悪化させることになります。

続く

海外の気道疾患治療(11)小児の気道狭窄の治療:先天性疾患その3


小児の声門部狭窄で非常に治療に難渋するものの一つに声門後部狭窄(Posterior glottic stenosis)がありますが、これは先天的に起こることはなく、未熟児に対する長期挿管や、先天性声門下狭窄などに対して長期間挿管されることによって、先天性病変に加えさらに病態が追加される形で起こることが多いです。

ちなみに、このような長期挿管後の声門後部狭窄を”両側声帯麻痺”と診断しているのを本邦では極めて多く見ますが、外科的な処置を一度も行われたことのない両側の先天性声帯麻痺は極めて稀で、外科的手術の既往がなく、全身性の神経疾患の存在しない、長期挿管後の症例のほとんどは声門後部狭窄を”両側声帯麻痺”と診断しており、これは全く異なる病変で治療も全く異なるため注意が必要です。

これに対して、先天的な声門部の狭窄として起こるものに時々見かけるものに先天性声門部癒合(Webと言います)があります。

これは胎児がまだお母さんの胎内にいる時の発生の過程の異常により本来開通するべき部分の不完全な形として結果であり、幾つかのグレードに分類されます。

上の図は声門部癒合の模式図です。本来は声帯が大きく開きそこから空気が通るはずですが、わずか2ミリ程度の小さな穴だけで呼吸をする状態となっています。

このような場合、出生してすぐに吸気性喘鳴を伴い呼吸困難に陥りますが、直径が2ミリあれば即死は免れるため早急な医療的処置が必要となります。

Webの部分が膜だけでできている場合は内視鏡的治療を行うこともありますが、膜だけでなく声門下に至るまで軟骨の閉鎖が続いていることもあり、そのような場合は外科的な治療が必要となります。どちらにしてもこのような病態では緊急気管切開で一旦呼吸を確保する必要があります。その後内視鏡を用いて正確な診断を行い治療を決定します。

海外の気道疾患治療(10)小児の気道狭窄の治療:先天性疾患その2

(3)喉頭の先天異常

喉頭は解剖学的に分けて、声門上、声帯、声門下に分類されます。先天的な異常はこのいずれにおいても起こりえます。

私がスイスのローザンヌにいたときは、耳鼻咽喉科の中で気道疾患を担当するチームは独立して専属で治療に当たっていたため、院内中の気道関係の相談は成人小児関わらず直通の電話が私にかかってくるシステムとなっていました。例えば子供のいびきがおかしいと小児科病棟に呼ばれたり、新生児のしゃっくりが変だとNICUに呼ばれたり、日本では”様子を見ましょう”で終わってしまう病態の多くを実際に全身麻酔下で検査していましたが、このような状態に意外と多く疾患が隠れていることに驚きました。

経験上、思ったよりも数が多くかつ治療の効果が劇的だと感じる疾患に喉頭軟化症があります。これは声門上に位置する構造物の生理的動きの異常により起こる病態を指します。日本で患者さんとお話しすると”喉頭軟化症と言われている”ということに非常に多く聞きますが、喉頭軟化症は小児では全身麻酔下で自発呼吸を維持した状態での検査でないと確定診断はつきません。

喉頭軟化症は三つのタイプに分類されていますが、大きく分けて、余剰粘膜の吸気時の引き込みによる気道閉鎖(1型、2型)と喉頭蓋の背側虚脱による気道閉鎖(3型)に分かれます。

上のビデオは1型の喉頭軟化症の検査ビデオです。奥に見えるのが声帯で、その手前下に見えている披裂粘膜が呼吸のたびに起き上がるのが見えます。これがもう少し酷くなると完全に蓋をするような形となり、呼吸ごとに喘鳴が聞こえたりします。

もう少しカメラを手前に引きますと、喉頭蓋が見えてきます。これは3型の喉頭軟化症で、本来は起き上がっているはずの喉頭蓋が背中側の壁に落ちてしまっていて呼吸ごとに喉頭の入り口全体の蓋をしてしまっているのが見えます。

スイスではこれは全身麻酔下に間歇性無呼吸(successive apnea)という換気法を用いて内視鏡で治療していました。これだと直後から呼吸が通常呼吸に戻る上、翌日には退院することができ非常に効果の大きい方法ですが、成長にて改善していくため、国内では非侵襲的人工呼吸や場合によっては気管切開を行われているケースもあるようです。

次回は声帯の先天異常などを取り扱います。