気管切開について(3)小児の場合

小児の場合、気管切開を必要とする状態やそれに準ずる換気障害を起こす疾患は成人に比べて異なります。

小児の気道疾患の特徴は

ー 成人のような後天性の気道狭窄に加え先天性疾患が存在すること

ー 気道の絶対値が小さく成人に比べて僅かな狭窄が呼吸に影響をおこすこと

の二点があります。

先天性疾患に関しては、(1)神経疾患など系統的障害や、複数の先天性異常を合併する系統的な先天性疾患(ダウン症候群、CHARGE症候群など)と、(2)先天性気管狭窄症(血管異常を伴わない)や先天性声門下狭窄、といった単独異常では対処が異なってきます。

(1)のような系統的先天性疾患においては複数の異常(心奇形、泌尿器系異常、外表異常など)との兼ね合いで治療が決定されます。また神経障害が存在する場合、気道の機能的虚脱や嚥下機能障害など、物理的な狭窄がなくとも気管切開なしには呼吸が難しい場合もあります。複数の奇形がある場合は、呼吸管理の簡便性から気管切開を維持したまま気道以外の治療を優先し、最後に気道の治療を行うことが一般的です。また、後者のような重篤な神経障害の存在する場合は気管切開を維持、あるいは場合によっては喉頭離断術などが行われることもあります。

(2)のような単独の気道狭窄に関しては気道の一部が狭くなっているところだけの問題であるため、気道の治療のみを行えばよいこととなります。

このようなものには鼻の後ろの穴が生まれつき閉じているような状態(後鼻孔閉鎖)、アデノイド・扁桃肥大、喉頭軟化症、声帯癒合症、声門下狭窄、先天性気管狭窄などあらゆるレベルで狭窄・閉鎖が起こる可能性があります。

 

これらはそれぞれ対処法が異なりますが、最も重要なのは実際に問題となっているのが何であるかを系統的に診断をつけることで、気道の中で複数の問題が同時に起こっていることも稀ではありません。

このような意味で気道疾患の治療には耳鼻咽喉科的な専門性のみならず、喉頭・気管といった呼吸器の専門性の双方が必要とされます。

次に後天性疾患に関しては、経験上問題となるケースが多いと感じるのは未熟児に対する長期経口挿管後に起こる狭窄です。

左図にあるように、経口挿管ではシリコンや人工樹脂製のある程度硬さのあるチューブが気道の中に長期間留置されるため、接触部が圧排により壊死起こす可能性があります。壊死により粘膜、靭帯、軟骨が破壊され再生時に肉芽や瘢痕を生成し気道が閉鎖する方向に向かうと気道狭窄を起こし気管切開が必要となります。

問題は狭窄の好発部位である、声門後部(声門後部狭窄)、声門下腔(声門下狭窄)、気管(気管狭窄)それぞれの狭窄の発生機序は異なることであり、その治療にはそれぞれ異なる対応が必要と成ります。またそれらが同時に発生している場合も多く、それを一回の治療で行うためには極めて高度な知識と経験が必要となります。特に喉頭は呼吸、発声、嚥下(飲み込み)を同時に司る臓器のため治療には注意が必要となります。

特に長期挿管の後は、声門部、声門下、気管全てが狭窄を起こしていることがあり、このような治療は手順を追った戦略的な治療計画が必要となります。

気管切開について(2):成人の場合

一旦気管切開を行ったのちに、それが閉鎖できなくなる状態というのは以下のような状況が考えられます

(1) 元々の病気が治療できていない、あるいは治癒していない

(2) 元々の病気が治癒し、気管切開を閉鎖しても直ちに呼吸困難は起こらないが同じ病気を繰り返す可能性がある

(3) 元々の病気が治癒し、気管切開では呼吸に問題はないが、気管切開を閉鎖すると呼吸困難に陥る

これらの疾患は、成人と小児でやや原因となる状態が異なります。今回は成人の疾患に関して解説を行います。

成人で気管切開が閉じれなくなる状態は上記のいずれにも認めます。

(1)のような場合とは例えば筋萎縮性側索硬化症(ALS)など進行性の疾患などにより気管切開を介した人工呼吸管理がなければご自身で呼吸ができないような場合で、この場合は選択の余地はありません。

(2)のような場合とは、例えば加齢変化で徐々に飲み込みの機能が悪くなり、繰り返し肺炎などを引き起こすようになったりする場合です。治療直後は良くなりますが、すぐに肺炎を繰り返すため、誤ってむせたりした場合などすぐに気管の吸引ができるようにあえて気管切開を閉鎖しないで維持するような場合です。

(3)のようなケースとは、気管切開を必要とする元々の病気の治療中に治療に関連して新たな気道の問題が生じた場合をさします。経験上、以下のようなケースが多いようです。

ケース1:心筋梗塞で緊急入院し、治療を受けた。治療後も集中治療室でしばらく経口挿管され人工呼吸管理をされていたが、回復してきたので抜管(口からの管を抜く)したところ、呼吸困難を起こしすぐに再度経口挿管を必要とした。これを繰り返すため気管切開が必要となった。

気管内挿管は左図のようなチューブが長期にわたり気道に留置されるため、チューブの圧迫によって組織の壊死から狭窄が発生する可能性があります。

特に影響を受けやすいのは図のように声帯の背中側(声門後部)、声門下腔、気管壁で、壊死を起こした組織が治癒する際に瘢痕萎縮を起こしその部分が閉鎖しようとします。これにより鼻や口からの呼吸が難しくなることにより呼吸困難が起こります。

 

ケース2:交通事故で救急センターに運び込まれた。脳出血など危険な状態であったためしばらく人工呼吸管理が必要と説明を受けた。経口挿管が長期となったため、集中治療室で経皮的気管切開を受けた。回復したため気管切開を閉じようとしたがチューブを抜くとすぐに呼吸困難が起こるため気管切開が閉鎖できない。

最近、このようなケースをしばしば見かけるようになりました。いわゆる高位気管切開という状態です。これは以前は耳鼻科医などの専門医が外科的に行っていた気管切開ですが、カテーテルなどで非外科的に気管切開を行うようになり、救急の場などで使われるようになったセルジンガー法という方法で行われることが増えてきたに連れて、増えているようです。

本来、気管切開は第二気管輪以下の高さで行うのが原則とされています。それよりも高い位置で気管切開を行うと輪状軟骨弓を損傷してしまい、声門下狭窄を起こしてしまうからです。

セルジンガー法は手軽な反面、気管壁を目で見ながら処置ができないため不適切な位置に気管切開を行ってしまう可能性があります。

上記のように、声帯、声門下、気管の狭窄は病態が少しずつ違うため治療にも専門的な知識と技術が必要となってきます。

気管切開について(1):気管切開とは

気道疾患を扱う中で、日常生活に大きな支障をきたす状態として気管切開があります。患者さんやその御家族とお話をしていると、気管切開の管理が大変だという話をよく聞きますが、ではなんのために気管切開が必要か、なぜ気管切開でないといけないのかというところまではよくご理解できていないケースを見かけます。ここでは気管切開について解説をいたします。

気管切開とはなんらかの理由で鼻あるいは口からの呼吸では通常の呼吸に支障が出る場合に、頸部に直接穴を開けて気管切開チューブを挿入しこれを通じて呼吸に必要な空気が直接気管に入るようにできる状態のことを言います。

一般的に気管切開が必要となるのは以下のようなケースです。

例えば70歳代の患者さんが発熱とともに息が徐々に苦しくなってきたとして来院されたところ、重症の肺炎が見つかったとします。酸素を投与しても酸素化が十分でなく、また呼吸もかなりしんどくなってきた場合、これ以上ご自分の呼吸だけで肺炎の回復まで待つのは難しいと判断すれば、鎮静剤で眠らせて人工呼吸器につなぐために気管内挿管を行います。これは、人工呼吸器という機械に呼吸をさせるために空気を肺に送り込むチューブを口あるいは鼻から咽頭喉頭を通過して気管の中に直接留置する状態を言います。

この経口あるいは経鼻挿管は大体一週間程度、長くても2週間程度が限度とされています。

これは、チューブにより左図のような声門後部、声門下腔、気管などにダメージを与える可能性(後述)があるためです。また、チューブが口や鼻を占拠していると口腔ケアなども難しくなるため不衛生になりがちな面もあります。

 

このようなケースでは、肺炎の治療を行いながら回復に合わせて徐々に人工呼吸器による補助を減らしていき、あるところで人工呼吸器を外します。しばらくは気管切開を維持したまま経過を観察しますが、もう大丈夫という段階になれば気管切開は必要なくなるため、チューブを抜去しこれを閉鎖します。

通常は、上記のように原因となる病態の治療の間は気管切開を維持し、病態が治癒すれば気管切開孔を閉鎖します。しかし

ー 原疾患が治癒しない場合

ー 原因疾患が治癒したものの、気管切開チューブを抜去すると直ちに呼吸困難が出現する

ー 原疾患が治癒し、気管切開孔を閉鎖しても直ちに問題は起こらないが、完全に閉鎖してしまうと問題を起こすと予想される

というケースには気管切開孔を閉鎖することができなくなります。これらの疾患は成人と小児において原因となる疾患が少し異なり、それぞれに対して対処の仕方が異なることとなります。

気道とは

 

気道疾患を説明するためにまず”気道”について解説します。上記の図を参照ください。

(1)呼吸に必要な酸素を含む空気は鼻腔あるいは口腔から体内に入ります。通常は呼吸に際しては鼻腔から空気が入るのが正常とされています。鼻腔から入ることによって空気が加湿されるためです。

生まれつき鼻腔と咽頭の境界が閉じている状態(先天性後鼻孔閉鎖症)やアデノイド増殖症などで鼻呼吸が難しい場合、口呼吸になることがあります。

(2)鼻腔あるいは口腔に入った空気は次に咽頭を通過します。

この部分の狭窄は扁桃腺肥大やアデノイド増殖症など器質的な原因による狭窄もありますが、機能的な狭窄も多く、舌が落ち込んで無呼吸の原因となったり、先天性の神経疾患などで咽頭の筋緊張の低下による閉鎖などがあります。

(3)咽頭を通過した空気は喉頭に到達します。喉頭を拡大したのが下図です。

喉頭は主に甲状軟骨と輪状軟骨によって形成される空間を言います。

甲状軟骨に隠れるように声帯があり、その上下で便宜的に声門上、声門下と分かれます。

この声門上、声帯、声門下それぞれ特有の狭窄が起こり得ますが、病態はほぼ全く異なるものであり、診断および治療も経験を積んだ専門家でないと正確にはできていないのが現状です。

輪状軟骨下端から尾側に気管が連続しています。これが気管分岐部という左右の分岐に到達したのち左右気管支とつながり、分岐を繰り返し肺に到達します。

この鼻腔・口腔から肺に至るまでの一本の通り道に原因や病態の異なる数々の狭窄が起こり得ます。これらを全てのレベルで正確に診断し、それぞれに対して適切な治療が必要を行うことが必要となります。

以上の全てのレベルに問題がないかを評価するところから気道疾患の治療は始まります。

気道疾患とは

当サイトでは気道疾患という言葉を主に肺疾患と分けて使います。

肺疾患とは例えば肺炎などの肺そのものがやられているためいくら呼吸をしてもうまく酸素が体内に取り入れられずに呼吸困難に至る疾患を指します。

これに対して当サイトでの気道疾患とは肺そのものは正常あるいはほぼ正常に機能していても、空気の通り道である気道がなんらかの形で狭くなっているために、”呼吸という運動がうまくいかない”、いわゆる換気障害を起こしている状態を指します。

実際に専門的な病名を説明することも重要ですが、患者さんからみた症状からどのような病態が考えられるかを中心にこのブログでも解説を行っていく予定です。

もし自分の症状が気道の狭窄などによっておこっているのではないかと考えられる場合には、ご参照いただければ幸いです。