海外の気道疾患治療(4)成人の声門下狭窄の手術:Pearsonの喉頭気管切除

気道の狭窄が気管に限局せず、輪状軟骨の高さまで及んでいる場合、これを声門下狭窄といい、手術としては単純な気管の切除・端々吻合を行うだけでは対処できません。

左図にあるように、輪状軟骨は声帯と気管の間に存在します。声帯は輪状軟骨の上に乗っかる形で存在する披裂軟骨から出ており、輪状軟骨はこの披裂軟骨を支持する働きがあります。

また、声帯の動きを司る反回神経は気管の背中側を通って輪状軟骨の裏側から入ってくる走行を取るため、仮にこれを損傷すると反回神経麻痺といって声帯が動かなくなります。

このため、声門下狭窄の際の狭窄部の切除は気管切除と同じようにはできません。

1975年にカナダのトロント大学のPearsonという胸部外科医が声門下狭窄に対する切除・吻合の方法を初めて報告し、以降1980年代になって世界的に徐々に広がっていくことになります。

左の図はPearsonの手術を横から見た模式図です。

詳細を述べても想像がつき難いと思うのでイメージのみを説明しますが、披裂軟骨の支持を維持するために、輪状軟骨の後面はそのまま残し、異常な粘膜のみを切除します。また前面の軟骨及び粘膜は取り除かれてしまいます。

気管にかかっている部分はもちろん全て切除することなります。吻合は気管を持ち上げてきて縫い合わせることになるのですが、吻合の上下で形が違うためやや工夫が必要となります。

この術式には幾つかのポイントがあります。

まず、基本的には吻合に関しては気管吻合と同じ原則が適応されます。何度か日本の学会でこれに関して致命的な誤解をしている発表を見たことがあり、そのような症例ではやはり術後に吻合不全を起こしていました。

また、喉頭と気管は基本的には別の器官であり、例えば血流支配やリンパの流れが輪状軟骨下端の上下で異なることなど、双方の性質をよく理解している必要があります。術後に喉頭が腫れてきて窒息死などを起こしたりしたケースを聞くことがありますが、基本的には術後は長期に経口挿管をする必要はなく、術後管理にも経験が必要となります。

さらにこのような注意が必要と成る最も大きな理由は、声帯の動きを司る反回神経を注意深く傷つけないようにしないといけないことです。

一般的にはこのような点に気をつければ、手術直後から正常な気道の広さとなるため非常に効果の高い手術となります。この手術は喉頭狭窄のものの中で最もシンプルかつ基本となるものであり、さらに複雑な狭窄を持つ治療のための基礎となる手術です。

海外の気道疾患治療(3)成人の気道狭窄についてーその2

左の図のように、気管内チューブの先端にある青い部分は、人工呼吸により肺に送り込んだ空気が隙間から漏れないように蓋をするバルーンのようなもので、カフと言います。

このカフの中の圧力が強すぎたり、長期間カフを膨らませたままにしていたりすると、気管壁の血流が阻害され軟骨壊死などを起こし、気管狭窄が起こります。

 

これに対し、声門下腔、声門後部はやや違った機序で異なる狭窄の仕方を起こします。

左の図は、喉頭(声門や声門下など)と気管を横から見た模式図です。

気管は背中側膜様部という筋肉になっており伸縮するため比較的圧力には強いので、カフに直接圧迫されない部分が狭窄することは稀です。

これに対し輪状軟骨は下端の部分が軟骨が一周しているため伸縮できません。したがって内部からの圧迫に弱く、比較的サイズの大きいチューブが通過しているとこれだけで圧迫壊死を起こし狭窄の好発部位と成っています。この部位の狭窄を声門下狭窄といい、成人の気道狭窄には比較的多く見かけます。

この声門下狭窄は、喉頭狭窄の一種であり気管狭窄のように単純に切って縫い合わせることはできません。

喉頭は呼吸だけでなく、声帯の開閉による発声、ものを飲み込む時に閉鎖することによってむせを防ぐ嚥下という三つの働きを同時に行っています。したがって、喉頭狭窄の治療は、呼吸を改善し、かつ発声と嚥下の機能を障害しないことが同時に要求されます。また縫い合わせたところがもう一度狭くなって来ないようにするという気管狭窄の際の原則も同時に要求されるため、難易度の高い治療となります。

この手術は1980年代にカナダのトロント大学で胸部外科医と耳鼻咽喉科医により共同で行われるようになり、その後主に欧米において普及してきています。

この術式における喉頭の扱いは比較的特殊で、私がスペインのバレンシア大学に留学して初めてこの手術を見た時は本格的に喉頭の知識がないと見よう見まねでできるものではないなと痛感しました。

この術式は手術が終わればその場で麻酔から覚醒させて気管内チューブを抜くことが多く、手術直後から呼吸が普通の状態に戻るという意味で、喉頭狭窄の手術としては最も基本かつシンプルなものでありますが、経験の少ない施設での報告などを見るとかなり吻合不全が多い印象を受けます。

この術式はヨーロッパでは開発者の名前をとってPearson’s operationなどといわれることが多く、私自身も気道狭窄の中では最も経験数の多い術式です。

次回は少しPearson’s operationについて詳しく説明します。

続く

海外の気道疾患治療(2)成人の気道狭窄について

気管切開(2)成人についてにて説明しました通り、成人の気道狭窄でよく遭遇するのは、なんらかの疾患に対する長期経口挿管や、不適切な位置で行われた気管切開による声門部、声門下、気管の狭窄です。これに加えて、30歳代から50歳代までの女性に起こる特発性声門下狭窄という原因不明の病態も時に認めます。

左図のように、経口挿管チューブが長時間喉頭や気管壁を圧迫することによってその部分が壊死を起こし、その部分が閉鎖しようとするため徐々に喘鳴を伴う呼吸困難を認めるようになります。

呼吸をするために気管切開が置かれますが、これを根本的に治療して気管切開を閉鎖するためにはほとんどの場合が手術が必要となります。

 

狭窄部が気管のみに限局されている場合は比較的シンプルな術式となり、気管切除および端端吻合となります。これは同じ形のものを縫い合わせるために技術的には最も基本的なものです。

左の図のように、狭くなった部分(狭窄部の上下で気管を一旦切り離し、異常な部分を完全に切除します。上下に残った正常な部分を縫い合わせることによって正常と同じ気管の内腔の太さを得ることができます。

私が初めてヨーロッパに渡った2001年当時、日本国内では合併症の多い難解な術式とされており、実際学会などの発表などを見てもこの術式でも一筋縄ではいっていなかった印象があります。

気管手術の最大の難点は縫い合わせた部分にかかる張力であり、長く切除すればするほどそれは大きくなります。張力が大きいままに縫い合わせるといわゆる吻合不全が起こり、その部分が再度狭窄してきます。手術後にまた狭くなってきたという場合は例外なく吻合不全であり、吻合部の張力をうまく減らせなかったことを意味します。国内の発表を見ているとこのようなケースが非常に多い印象を受けます。

この術式自体はすでに1960年代にアメリカで開発され、1980年代には主にアメリカ、カナダ、フランスなどで多数の手術をこなしている施設がありました。私が2001年から2005年までお世話になったバレンシア大学胸部外科の当時の部長Vicente Tarrazona教授は、当時この分野の三巨人として扱われていたフランス・ボルドーのLouis Couraud教授の一番弟子であり、バレンシア大学で、スペイン全土から送られてくる成人の気道狭窄の手術を行っていました。私がいた頃は年間20−30例の手術を行っており、その多くが長期挿管や気管切開による声門下狭窄に対する手術でした。

次回につづく

海外の気道疾患治療(1)はじめに

代表理事の山本一道です。当ブログでは気道疾患に関して患者さんにわかりやすく病気を理解していただくために投稿を行っておりますが、並行して海外での気道疾患の治療の現場についての投稿を行っていきます。

私は臨床医としてスペイン、スイスで計7年ほど過ごしました。特に気道狭窄の診断や治療は全てヨーロッパで教育を受けたため、日本に帰国した際に強い違和感を感じました。

日本に入ってくる海外の医療の状況に関する情報はほとんどが北米からのものですが、アメリカ合衆国というのは特に医療制度など先進国の中では非常に特殊な形態をとっており、それをそのまま理想の医療であると考えてよいのかどうかは議論の分かれるところでもあります。また、多くの情報は現場で実際に働いていた人たちからというよりは外からみて良さそうに見える部分を言っているだけの場合も多く、その裏にあるデメリットなどは気がつかれてない場合も多いと感じています。

当ブログでは海外での私の臨床経験を共有することによって、気道狭窄の治療のように日本で確立されていない医療がどうあるべきかなども考えていければと思っています。

気管切開について(3)小児の場合

小児の場合、気管切開を必要とする状態やそれに準ずる換気障害を起こす疾患は成人に比べて異なります。

小児の気道疾患の特徴は

ー 成人のような後天性の気道狭窄に加え先天性疾患が存在すること

ー 気道の絶対値が小さく成人に比べて僅かな狭窄が呼吸に影響をおこすこと

の二点があります。

先天性疾患に関しては、(1)神経疾患など系統的障害や、複数の先天性異常を合併する系統的な先天性疾患(ダウン症候群、CHARGE症候群など)と、(2)先天性気管狭窄症(血管異常を伴わない)や先天性声門下狭窄、といった単独異常では対処が異なってきます。

(1)のような系統的先天性疾患においては複数の異常(心奇形、泌尿器系異常、外表異常など)との兼ね合いで治療が決定されます。また神経障害が存在する場合、気道の機能的虚脱や嚥下機能障害など、物理的な狭窄がなくとも気管切開なしには呼吸が難しい場合もあります。複数の奇形がある場合は、呼吸管理の簡便性から気管切開を維持したまま気道以外の治療を優先し、最後に気道の治療を行うことが一般的です。また、後者のような重篤な神経障害の存在する場合は気管切開を維持、あるいは場合によっては喉頭離断術などが行われることもあります。

(2)のような単独の気道狭窄に関しては気道の一部が狭くなっているところだけの問題であるため、気道の治療のみを行えばよいこととなります。

このようなものには鼻の後ろの穴が生まれつき閉じているような状態(後鼻孔閉鎖)、アデノイド・扁桃肥大、喉頭軟化症、声帯癒合症、声門下狭窄、先天性気管狭窄などあらゆるレベルで狭窄・閉鎖が起こる可能性があります。

 

これらはそれぞれ対処法が異なりますが、最も重要なのは実際に問題となっているのが何であるかを系統的に診断をつけることで、気道の中で複数の問題が同時に起こっていることも稀ではありません。

このような意味で気道疾患の治療には耳鼻咽喉科的な専門性のみならず、喉頭・気管といった呼吸器の専門性の双方が必要とされます。

次に後天性疾患に関しては、経験上問題となるケースが多いと感じるのは未熟児に対する長期経口挿管後に起こる狭窄です。

左図にあるように、経口挿管ではシリコンや人工樹脂製のある程度硬さのあるチューブが気道の中に長期間留置されるため、接触部が圧排により壊死起こす可能性があります。壊死により粘膜、靭帯、軟骨が破壊され再生時に肉芽や瘢痕を生成し気道が閉鎖する方向に向かうと気道狭窄を起こし気管切開が必要となります。

問題は狭窄の好発部位である、声門後部(声門後部狭窄)、声門下腔(声門下狭窄)、気管(気管狭窄)それぞれの狭窄の発生機序は異なることであり、その治療にはそれぞれ異なる対応が必要と成ります。またそれらが同時に発生している場合も多く、それを一回の治療で行うためには極めて高度な知識と経験が必要となります。特に喉頭は呼吸、発声、嚥下(飲み込み)を同時に司る臓器のため治療には注意が必要となります。

特に長期挿管の後は、声門部、声門下、気管全てが狭窄を起こしていることがあり、このような治療は手順を追った戦略的な治療計画が必要となります。